。性來の酒好きで、いつもそのために失敗《しくじ》り續けてゐたが、それを苦に病み通した女房が死に、やがて一人の娘がまた直ぐそのあとを追うてからは、彼は完全な飮んだくれになつてしまつた。郷里の家邸から地面をも瞬く間に飮んでしまひ、終には三十五年とか勤めてゐた西陣の主人の家をも失敗《しくじ》つて、旅から旅と流れ渡る樣になり、身體の自由が利かなくなつて北海道からこの郷里に歸つて來たのが、今から六年前の事であるのださうだ。歸つたところで家もなし、ためになる樣な身よりも無しで、たうとう斯んな山寺の寺男に入り込んだといふのである。その概略《あらまし》をば晝間峠の茶屋で其處の爺さんから聞いて來たのであつたが、いま眼の前にその本人を見守りながらその事を思ひ出してゐるといかにもいぢらしい思ひがして、私は自分で飮むのは忘れて彼に杯を強ひた。
難有い/\と言ひ續けながら、やがてはどうせ私も既《も》う長い事は無いし、いつか一度思ふ存分飮んで見度いと思つてゐたが、矢つ張り阿彌陀樣《あみださま》のお蔭かして今日旦那に逢つて斯んな難有《ありがた》いことは無い、毎朝私は御燈明を上げながら、決して長生きをしようとは思は
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