。そして早速雨戸を締めてしまつた。がらんとした廣い室内が急にひつそりした樣であつたが、それも暫しで、瀧の樣な雨聲は前より一層あざやかにこの部屋を包んでしまつた。來る早々斯んな雨に會つて、私は深い興味と氣味惡さとに攻められながらも改めてこの朽ちかけた樣な山寺の一室をしみ/″\と見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]さざるを得なかつた。
 爺さんはやがて膳を運んで來た。見れば私の分だけである。先刻《さつき》の峠茶屋の爺さんの言葉もあるので私は強ひて彼自身の分をも此處に運ばせ、徳利や杯をも取り寄せ、先刻茶屋から持つて來た四合壜二本を身近く引寄せて二人して飮み始めた。
 爺さんの喜び樣は眞實《まつたく》見てゐるのがいぢらしい位ゐで、私のさす一杯一杯を拜む樣にして飮んでゐる。斯ういふ上酒は何年振とかだ、勿體《もつたい》ない/\といひながら、いつの間にか醉つて來たと見え、固くしてゐた膝をも崩し、段々|圍爐裡《ゐろり》の側へもにぢり出して來た。爺さん、名を伊藤孝太郎といひ、この比叡山の麓の坂本の生れで、家は土地でもかなりの百姓をしてゐたが、彼自身はそれを嫌つて京都に出て西陣織の職工をやつてゐた
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