になるともううす黝《ぐろ》く破れかぢかんでゐる。一霜で染まり、二霜三霜ではら/\と散つてしまふといふのはどうしても寒國の高山の木の葉である。從つて附近での高山の多い甲州信州上州といふ風のところへ私はよく出かけてゆく。今年もツイこの間そのあたりを歩いて來た。
 昨年の十月の末であつた、利根の上流の片品川の水源林をなす深い山に入り、山中にある沼で鱒《ます》を飼つてゐる番人の小屋に一晩泊めて貰ひ、翌日そこの老人を案内に頼んで金精峠《こんせいたうげ》といふを越えた。その山の尾根は上州と野州との國境をなすところで、頂上の路ばたには群馬縣栃木縣の境界石が立つてゐた。それも半は落葉に埋つてゐた。越えて來た方は峽《かひ》から峽、峰から峰にかけて眼の及ぶ限り、一面の黒木の森であつた。栂《とが》や樅《もみ》などの針葉樹林であつた。そして、これから下りて行かうとする眼下には、遠い麓の湯元湖の水がうす白く光つて見えた。その湖の縁には今夜泊らうとする湯元温泉がある筈であるのだ。
 正午近い日がほがらかに照つてゐた。尾根の前もうしろも見下す限り茂り入つた黒木の森だが、僅かに私たちの腰をおろして休んでゐる頂上附近だ
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