や淺間などの樣に一個の巨大な噴火口を有つことなく、山の八九合目より頂上にかけ、殆んど到る處の岩石の裂目から煙を噴き出してゐるのであつた。その煙の中に立つて眞向ひに聳えた槍嶽穗高嶽を初め、飛騨《ひだ》信州路の山脈、または甲州から遠く越中加賀あたりへかけての諸々の大きな山岳を眺め渡した氣持もまた忘れがたいものである。更にあちらが木曾路に當ると教へられて振向くと其處の地平には霞が低く棚引いて、これはまた思ひもかけぬ富士の高嶺が獨り寂然《じやくねん》として霞の上に輝いてゐたのである。
頂上から今度は路を飛騨地にとつて昨日よりも更に深い森林の中に入つた。まことにこれこそ千古のまゝの森といふのであらう。見ゆる限り押し竝んだ巨樹老木の間に間々立枯のそれを見ることがあるとはいへ、唯の一本もまだ人間の手で伐り倒されたらしいものを見ないのである。第一、私には斯うした火山の麓に斯うした大森林のあるのからが不思議に思はれた。森の中を下る事二里あまり、一つの川に沿うた。川に沿うて下る事約一里、蒲田温泉があつた。其處に泊る事にきめて來たのであつたが、昨年とか一昨年とかの大洪水に洗ひ流されたまゝまだ殆んど温泉場ら
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