しい形をも作つてゐなかつた。更に下ること二里、福地温泉があつた。此處は全く影をも留めず洗ひ流されてゐた。
止むなく其處から寒月に照らされながら更に二里の山路を歩いて平湯《ひらゆ》温泉といふに辿《たど》り着いた。此處は謂はゞ飛騨の白骨温泉ともいふべく、飛騨路一帶から登つて來た骨休めの農夫たちで意外な賑ひを見せてゐた。
この平湯温泉から安房峠《あばうたうげ》といふを越えて約四里、信州白骨へ通ずるのである。即ち白骨、上高地、平湯《ひらゆ》其他の諸温泉が相結んで一個の燒嶽火山を圍んでゐるのである。之等の諸温泉はひとしくみな高山の上にあつて、所謂《いはゆる》世間の温泉らしい温泉と遠く相離《あひさか》つてゐる。それがまた私には嬉しかつた。折があらばまたこの三つ四つの山の湯を廻つて見度いと思ふ。唯私はあらゆる場合に於て大勢の人たちのこみ合ふ中に入つて行くことが嫌ひである。で、よし行くにしても七八月の登山期、若しくは蠶あがりの頃には行きたくない。
因《ちなみ》にいふ、平湯はたしかに一年中あるであらうが、白骨も上高地も雪の來るのを終りとして宿を閉ぢて、一同悉く麓の里に降つてしまふのである。
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