者樣ひどく惶てゝゐるのである。
 止むなく私は宿に少年を連れて歸つた。そして縁側に寢かし、仁丹など飮ませて靜かにさせながら、やがて訊いて見ると、これから二里ほど岬の方に離れて江梨といふ漁村がある、其處まで配達に行つて歸つて來る山の中で例の『ドシン!』に出合つたのださうだ。山の根に沿うた路のことで大小雜多な石ころが、がら/\と落ちて來る、人家はなし、走らうにも足がきかず、漸く此處まで出て來たらもう立つて居る事も出來なくなつたのださうだ。
 夕方まで寢てゐると、顏色も直つて、笑ひながら歸つて行つた。
『サテ、慓へてばかりゐても爲樣がない、一杯元氣をつけませうか。』
 さう言ひながら私は二階に酒の壜をとりに上つて行つた。そして、思はず立ち止りながら大きな聲で笑ひ出した。倒れも倒れたり、一升壜が三本麥酒壜が三本――これらは皆カラであつた――ウヰスキイ(一本はカラ)二本が、全部横倒しになつて部屋のそちこちに泳ぎ出して來てゐるのだ。時ならぬ笑聲に驚いて宿の亭主も上つて來た。そして一緒に笑ひ出した。
『一本取つて來ませう。』
『然し、店は戸をしめてましたよ。』
『なアに、こぢあけて取つて來ますよ。』
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