さゝやく聲が聞えた。笑顏の二三人は立ち上つて頭をさげた。
門を入らうとすると、青い蚊帳が見えた。門から中門までの砂利の上、松や楓の木の間に三つ吊つてあるのだ。夜具が見え、ぬぎすてた着物が木の枝にかけてあつた。
『やア、とうさんだ/\、かアさアん、とうさんが歸つて來たよウ!』
忽ち湧き起る四人の子供たちの叫びが私を包んだ。
思ひがけぬ綿引蒼梧和尚の大きな圖體がのつそりと半吊りの蚊帳から表はれた。
『やア、君が來てゐたのか!』
『ウン、一昨日來てひどい目にあつたよ。』
『さうか、それはよかつた。』
星君も日疋君も出て來た。彼等の下宿してゐる龜谷さん一家が私の宅に逃げて來て一緒に蚊帳を並べたのださうだ。大悟法君は壁の落ちた玄關から出て來た。
臨時の炊事場が裏庭に出來てゐた。頬かむりの妻がほてつた顏をして其處から來た。
『ヤアとうさんだ/\、うれしいな/\。』
子供の叫びはなか/\に止まなかつた。
三日には雨が來た。しかも強い吹き降りであつた。うろたへて庭のものを取り込んでゐる一方では室内にぽと/\といふ雨漏りの音が聞え初めた。もと/\舊い家で、少し降りが強いと必ず漏るには漏つ
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