纒《はんてん》を引つかけたまゝで下はから脛の、見るからに變な樣子であつた。
『アツ!』
私は初めて氣がついた、彼等はすべて小田原の人であつたのだ。それで、この異樣な樣子が呑み込めると同時に口早やに問ひ掛けた。
『君等はやられたのですね、どうでした、小田原は?』
『すつかりやられました、身體一つで燒出されました……』
漸く私は彼等を座敷に招じた。聞けば彼等は三人共各學校柔道の選手で、九月一日には小田原小學校で始業式の濟んだあとが柔道大會となり、彼等は全て柔道着か裸體かになつて式場(雨天體操場などであつたらうと思ふ)に出てゐた。ドツと來ると共に學校は潰《つぶ》れてしまつた。幸ひ彼等のゐた場所は場内の中央であつたゝめ、落ちた屋根も其處だけは多少の空隙を殘してゐて壓死をば免れたが、まん中どころ以外に並んで見物してゐた幼い生徒たちは殆んど全部ひしやがれてしまつた。そのうち小使部屋から火が出た。何處をどう掻き破つて出たのだか兎に角に三人とも素裸體で、諸所に擦傷を負ひながらもつぶれた屋根の下から這ひ出す事が出來た。出て見ると町にはすつかり火が※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐたさうだ。其處へ津浪が寄せ、やがて凄じい龍卷が起つて紙片の樣に人間其他を空中に卷きあげた。
『何しろ町中全部が燒けたものですから食物が無いのです、救助米が多少※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてるのですけれど、如何してだか東京方面を主にして小田原などにはほんの申譯ばかりにしかよこさないのです、で、米を少し持つてゆかうとこれから鈴川の親戚まで行くところです。』
と一人が言ふと、一人は笑ひながら着てゐる半纒を引つぱつて、
『裸體ではしやうがないものですから、途中の親戚で道了講の宿屋をしてゐる家に寄つてこれを三枚貰つて來たのです。』
私は今朝小田原から山を越えて來たといふ三人に強ひて足を洗はせて、今夜此處に泊る事にさせた。そしてようこそ此處に私の住んでゐる事を思ひ出して呉れたと想つた。
酒を取りにやつた女中が歸つて來たらしく、勝手の方で時ならぬ笑ひ聲がするので行つて訊いて見ると、近所の者が酒屋に集つて、
『いま若山さんところに不逞鮮人が三人入つて行つたが、どういふ事になるだらう。』
と騷いでゐたといふのだ。なるほどさう言はれゝば三人共髮の長い、眼のぎよろりとした、背の痩高い連中で
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