、おまけに人夫などの着さうな半纒を着たところ、鮮人と見られても否やは言へぬ風采であつたのだ。
 久し振だ、勿體《もつたい》ない樣だと言ひながら三人の人たちが盃をあげてゐるところへ、
『先生、やつて來ましたよ。』
 と、聞き馴れた聲が玄關で起つた。思ひもかけぬ笹田登美三君が大きな荷物を擔いで立つてゐるのだ。
『やア笹田さんだ/\。』
 子供たちが一齊に飛び出して來た。同君は矢張り大阪地方の新聞記事を見て、不安でならぬので出懸けて來て呉れたのであつた。そしてそれこそ喰べものにも困つてゐはせぬかとわざ/\澤山な餠をついて擔いで來て呉れた。なほ來がけに寄つた大阪の某君の許から頼まれたと云つて渡された包を開いて見ると、食料、藥品、燃料と、くさぐさの心づくしが收めてあつた。
『まアほんとに、どうしませうねヱ。』
 一つ/\手にとつては妻は早や涙ぐんでゐる。
 やがて皆床を敷いて横になつた。その前から小さなのが一つ二つとゆれてゐたのであつたが、九時頃でもあつたか、やゝ大きいのがゆら/\と動いて來た。丁度私は便所に行かうと廊下を歩いてゐた所で、『來たナ』と思つて立ち止つた途端にツイ眼の前の座敷から、
『ワツ!』
 と言ふと身體を揃へて庭の方へ飛び出したものがあつた。びつくりして見ると小田原組の三人だ。揃ひも揃つて長いのが三人、水泳の飛び込み其處のけの恰好で、双手を突き擴げて二三間あまりも闇を目がけて跳躍した有樣はまつたく壯觀で、フツと思ふと同時にこみあげて來た笑ひは永い間私の身體を離れなかつた。
 彼等も私に合はせて笑ふには笑つたが、それからどうしても屋内に眠る事が出來なくなり、たうとう茣蓙を持ち出して庭の木蔭に三人小さくかたまつて寢てしまつた。私たちは三日の雨の夜から引續いて屋内に寢る事になつてゐたのだ。
 待たれるのは被害地からの便りであつた。
 大悟法君からの第一便は名古屋驛から來たがそれからぴつたり止つたまゝで何の音沙汰も無い。東京、横濱の誰一人からも來ない。毎日町へ出かけて買つて來る大阪地方の新聞紙は日一日と不安を強め確かめてゆくばかりだ。
 其處へ十日の正午少し前、電信配達夫が門前に自轉車を乘りすてた。その姿を見るとすぐ私は机を離れて玄關へ急いだのであつたが、妻の方が速く其處に出て受取つた。そして發信人の名を、
『ミ、チ、ヤ』
 と讀んだのを耳にした。
『ナニツ!』
 
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