す。かさご、あかぎ、ごんずい、くしろ、おこぜ、海鰻、その他なほ數種、幾ら聞いても直ぐ忘れてしまふ樣な奇怪な名を持つた魚たちが四邊《あたり》の海で釣れました。餌はしこ[#「しこ」に傍点]、またその一族のはま何とかいふさより[#「さより」に傍点]に似た細身の魚を最上とし、それが間に合はずば大方の魚の切肉《きりみ》、即ち共餌《ともえ》ででも釣れるのです。岡からも釣れますが、どうしても船です。一體に此處の入江は入江としては非常に深く、ことに岸から直ぐずつと深く切れ込んでゐる深みが多いのです。その深み――所によれば二三十尋に及びました――に舷から絲を垂れて釣るのです。
 技巧は簡單で、舷に掌を置き、そして親指と人差指との間に持つて垂れた釣絲の感觸によつて魚の寄りを知り、やがて程を見て手速く船の中に卷き上ぐるのです。唯だ絲の降りてゐる海底が岩石原であるため、馴れないうちはよく鉤《はり》をそれに引つ懸けました。宿の主人が名人とやらで、それに教はつて釣り始めたのですが、三度四度と行くうちにいつか主人より私の方が餘計釣る樣になりました。親爺《おやぢ》負惜しんで曰く、
『おめえたちは指がびるつこいせえに追つつかねヱ。』
 びるつこい[#「びるつこい」に傍点]とは柔かな、せえに[#「せえに」に傍点]は故にの意。蓋し指の柔かなためいち速く絲の感觸を受くるから釣りいゝのだとの事でせう。
 何しろ二三十尋もある深みの底から一尺大のかさご[#「かさご」に傍点]などがその大きな口をあいて、一條の絲につれて重々とあがつて來る時の指から腕、腕から頭にかけての感覺の面白さはまつたく別でした。海鰻は淺い所でも釣れました。だからその海底に魚の姿を見ながらに釣れるのです。大瀬崎といふ岬の蔭の磯に此奴の無數に棲んでゐる所がありました。此處では先づ用意して行つた魚の腸(臭い程いゝの故、腐つてゐればなほよし)を海中に投じ、徐ろに其處等の岩や石の間を窺《のぞ》いてゐるのです。すると間もなく赤黄色の斑のある海鰻先生がどの石の蔭からともなくのろつと現はれます。出たぞ、と絲をおろすころには、出るは/\、のろり/\と大きな七五三繩《しめなわ》の繩片のやうな奴が縒《よ》れつ縺《もつ》れつ岩から岩の蔭を傳うて泳ぎ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ります。それの鼻先へ(この先生、眼がろくに見えず唯だ匂だけで動くのださうです
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