新の元旦には母など一向に父を相手にしませんので、父は私を相手に『元日』の屠蘇を祝ひました。他の者が平常着《ふだんぎ》なのに父と私とだけ(私は男の子としては一人子なのです。父の四十二の時の誕生だと云ひますから齡もたいへん違つてゐたのです)が紋附を着て、廣い座敷に向ひ合つて坐るのがいかにも變でした。
 舊の正月はそれでも家中たいへんです。それに村ではすべての勘定事が盆と節季の二度勘定にきまつてゐますので、半年分の藥代を村の者がみな大晦日に持つて來るのです。來た者には必ず酒を出す習慣で、どうかすると二三十人も落合つて飮み出すといふ騷ぎになり、父も母も私たちまでもその夜は大陽氣でした。
 舊正月は村全體の正月であるが、これとてたゞ業を休んで酒を飮む、※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]禮をするといふだけで別に變つた事もありませんでした。我等子供たちの遊戲ですが、晴れゝばそとへ出て『根つ木』といふ遊びをした。生木の堅いのを一尺か二尺に切り、先を尖らせて地へ互ひに打ち込んで相手の木を倒して取るのです。降るか或は寒い日は家の中で『針打ち』をしました。半紙をめいめい一枚づつ出し合つて疊の上に
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