積み重ね、一本の縫針に二三寸の絲を附け、針のさきを唇にくはへ、絲を烈しく引いて疊の上の紙にその針をつき立てる樣に打ちおろします。さうして徐ろに絲を引いて針の先に引き留められて來たゞけの紙を自分の所得とするこれも賭事あそびです。凧をも揚げるには揚げましたが、何しろ平地の少ない溪間の事ゆゑ、大勢して揚げるなどといふわけにはゆきませんでした。
 いつの正月であつたか、珍しく雪の降つた事がありました。私の七八歳の頃だつたでせう。我等子供はうろたへて戸外へ出て各自に大きく口を開けながらちら/\と落ちて來るその雪を飮み込まうとしたものです。そんなに雪は嬉しい珍しいものでした。附近一の高山、尾鈴山といふのの八合目ころから上にほのかに雪の積ることがありました。大抵は夜間に積むのですが、すると父は大騷ぎをして私を呼び起しました。
『繁、起けんか/\、尾鈴山に雪が降つたど、早う起けんと消えつしまうど!』
 と言ひながら。
 その父が亡くなつてから十年たちました。頑健な母はまだ強情を張りながら、古びた家に唯一人殘つてをり、私が學問をするために尋常科しかなかつたその村を出てから今年で丁度二十八年たつわけになり
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