樹木とその葉
故郷の正月
若山牧水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)日向《ひうが》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]禮

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)よく/\嬉しかつた
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 私は日向《ひうが》國耳川(川口は神武天皇御東征の砌《みぎり》其處から初めて船を出されたといふ美々津港になつてゐます)の上流にあたる長細い峽谷の村に生れました。村の人は多く材木とか椎茸とか木炭とかいふ山の産物で生活してゐるのです。
 ですから、正月といつても淋しいものでした。今でもまださうではないかと思ひますが、村には新の正月と舊の正月とがありました。新の正月はたゞ學校でやる位ゐのことでしたが、その新年式の式場に飾るために野生の梅の花を學校の裏にある谷間にとりに行つたことを私はよく覺えてゐます。何でも二度ほど取りに行つたと思ひます。先生に連れられて、鉈《なた》を持つて、四五人の者が狹い谷間のあちらこちらに咲いてゐる眞白な花を探して歩いた記憶が不思議にはつきりと殘つてゐます。子供心にもさうした谷間に春の來るといふことがよく/\嬉しかつたのでせう。それにその頃既に梅が咲くといふ樣な季候違ひの事實もその印象を深めてゐるに違ひありません。山の中と云つても海岸から五六里しか離れてゐず、年中雪を見ることのない程暖かな土地でした。
 私の父は醫者で、その頃村で新人でした。で、門松をば必ず新の正月に立てました。この松の切出しには必ずまた父と私が出かけました。背戸から出て小さな岡を越えると其處に一つの谷が流れて兩岸にやゝ平な野原があり、其處に松ばかり茂つてゐる一箇所がありました。父の好みはなか/\にむつかしく、容易にこの木がいゝとは言ひません。あとではいつも私と喧嘩をしました。さうして辛うじて伐り倒した松があまりに大きくて我等の手に合はず、いろ/\の目標をしておいてあとで下男をとりによこしたりしました。この松伐りも今ではなつかしい思ひ出です。それに父はなか/\のきまり家で、多少にせよ新の正月にも餅をつかせましたので、舊の正月の時と二度餅の喰べらるゝのも幼い私の自慢であり喜びでありました。
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