しろなる富士の高きはあふぎ見飽かぬ
山川に湧ける霞の昇りなづみ敷きたなびけば富士は晴れたり
まがなしき春のかすみに富士が嶺の峯なる雪はいよよ輝く
富士が嶺の裾野に立てる低山の愛鷹山はかすみこもらふ
愛鷹の裾曲《すそみ》の濱のはるけきに寄る浪白し天城嶺ゆ見れば
伊豆の國と駿河の國のあひにある入江の眞なか漕げる舟見ゆ
[#ここで字下げ終わり]
野や濱や山の上から見た富士山のみを書いて來た。海から見るそれをひとつ書いて見よう。
狩野川の河口、即ち沼津の町から出て伊豆の西海岸の諸港を經、その半島の尖端に在る下田港まで行く汽船がある。この汽船の甲板に立つてゐたならば、そしてその日がよく晴れてゐたならば、殆んど到る所の海上からこの靈山が仰がるゝのである。海と空との間に唯一つ打ち聳えたこの山の姿の靜けさは麓に立つて仰ぐのと自づからまた別である。ことに富士のよく晴れる季節の秋から冬にかけてはこの伊豆西海岸には殆んど毎日西風が吹くために、紺碧な海上いちめんに白浪が泡立つてゐて一層の偉觀を添へる。またこの海岸線は斷崖絶壁といつた風のところが多く、どうかするとその斷崖の眞上に、またはその中腹に半ば隱れ
前へ
次へ
全13ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング