を泊る野のなかの村
草の穗にとまりて啼くよ富士が嶺の裾野の原の夏の雲雀は
雲雀なく聲空に滿ちて富士が嶺に消殘《けのこ》る雪のあはれなるかな
張りわたす富士のなだれのなだらなる野原に散れる夏雲の影
夏雲はまろき環《わ》をなし富士が嶺をゆたかに卷きて眞白なるかも
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 以上、すべてその麓の近い處からのみ仰ぐ富士山を書いて來た。今度は少し離れた位置からの遠望を述べて見よう。富士は意外な遠國からも仰がれて、我知らず驚いた事が屡々あるが、此處には駿河灣一帶の風光の約束のもとに、さまでは離れぬ遠望を書くことにする。
 支那の言葉に、高山に登らざれば高山の高きを知らずといふのがあると聞いた。この言葉の眞實味をばよくあちらこちらの山登りをする時ごとに感じてゐたのであるが、伊豆の天城山《あまぎさん》に登つて富士を仰いだ時、將にそれを感じた。そしてそゞろに詠み出た歌がある。
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たか山に登り仰ぎ見高山の高き知るとふ言《こと》のよろしさ
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 初め私は絶頂近くにあるいふ噴火口あとの八丁池といふを見るがために天城登りを企てたのであつた。そしてせ
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