はあるが洋式の三津ホテルといふもある。三津のまん前には淡島《あはしま》といふ小さな尖つた島があつて、その島のなゝめ横に例の富士山が海を前にして仰がるゝ。其處より背後の岡を越えて一里歩くと長岡温泉がある。三津に斯うした土地不似合の料理屋宿屋のあるのは單に景色がいゝといふばかりでなく、一つはこの長岡温泉があるためである。
 この三津まで、沼津の御成橋の下から午前午後の二囘乘合の發動機船が出る。狩野川の川口を出るとすぐ左折して蠶の這つた樣な牛臥山を左に、靜浦の御用邸附近の深い松原を見て江の浦に入り、附近の山蔭に介在してゐる小さな舟着場二三箇所に寄つて三津で終るのである。航程約一時間半、舟賃二十五錢、最も簡易な入江見物が出來るわけである。
[#ここから3字下げ]
冬田中あらはに白き道ゆけばゆくての濱にあがる浪見ゆ(五首静浦附近)
田につづく濱松原のまばらなる松のならびは冬さびて見ゆ
桃畑を庭としつづく海人《あま》が村冬枯れはてて浪ただきこゆ
門ごとにだいだい熟れし海人が家の背戸にましろき冬の浪かな
冬さびし靜浦の濱にうち出でて仰げる富士は眞白妙なり
うねり合ふ浪相打てる冬の日の入江のうへの富士
前へ 次へ
全13ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング