父に反對しかねて今まで四年間漸く我慢をして來たものの、もうどうしても耐へかねて昨夜學院の寄宿舍を拔けて來た。どうかこれから自分自身の自由な生活が營み度い。それには生來の好きである文學で身を立て度く、中にも歌は子供の時分から何彼と親しんでゐたもので、これを機として精一杯の勉強がしてみたい。誠に突然であるけれど私を此處に置いて、庭の掃除でもさせて呉れ、といふのであつた。
折々斯うした申込をば受けるので別にそれに動かされはしなかつたが、その言ふ所が眞面目で、そしてよほどの決心をしてゐるらしいのを感ぜぬわけにはゆかなかつた。
『君には兄弟がありますか。』
『いゝえ、私一人なのです。』
『學校はいつ卒業です。』
『來年です。』
『歌をばいつから作つてゐました。』
『いつからと云ふ事もありませんが、これから一生懸命にやる積りです。』
といふ風の問答を交しながら、どうかしてこの昂奮した、善良な、そしていつこくさうな青年の思ひ立ちを飜へさせようと私は努めた。別に歌に對して特別の憧憬や信念があるわけでなく、唯だ一種の現状破壞が目的であるらしいこの思ひ立ちを矢張り無謀なものと見るほかはなかつたのだ。
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