……お客さんが來たよ、坊さんだよ、是非先生にお目にかかりたいつて。』
坊さんといふのが子供たちには興味を惹《ひ》いたらしい。物貰ひかなんどのきたない僧服の老人を想像しながら私は玄關に出て行つた、一言で斷つてやらう積りで。
若い、上品な僧侶が其處に立つてゐた。あてが外れたが、それでもこちらも立つたまゝ、
『どういふ御用ですか。』
と問うた。
返事はよく聞き取れなかつた。やりかけてゐた爲事に充分氣を腐らしてゐた矢先なので、
『え?』
と、やや聲高に私は問ひ返した。
今度もよくは分らなかつたが、とにかく一身上の事で是非お願ひしたい事があつて京都からやつて來た、といふ事だけは分つた。見ればその額には汗がしつとりと浸み出てゐる。これだけ言ふのも一生懸命だといふ風である。何となく私は自分の今迄の態度を恥ぢながら初めて平常の聲になつて、
『どうぞお上り下さい。』
と座敷に招じた。
京都に在る禪宗某派の學院の生徒で、郷里は中國の、相當の寺の息子であるらしかつた。幼い時から寺が嫌ひで、大きくなるに從つていよ/\その形式一方僞禮一點張でやつてゆく僧侶生活が眼に餘つて來た。學校とてもそれで、
前へ
次へ
全13ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング