し、また街道に出て暫く行くと道はやゝに海岸を離れて愛鷹山《あしたかやま》の根に向ふ形になる。そしてその向うに吉原宿の町が見えてゐる。なるほど此處では廣重の繪の左富士を想はす角度にその山を仰ぐのであつた。然し、我等は吉原には行かず、鈴川驛から汽車で富士川を渡り、蒲原の宿で降りて、またてく/\と歩き出した。
蒲原から由比にかけては道は直ちに海に沿うた山の根をゆくのであつた。海岸には土地名物の櫻海老がうす赤く乾し並べられ、山には一帶に植ゑ込まれた蜜柑畑の間に、とび/\に山櫻が咲いてゐた。由比を出拔くる時、惜しい事に薩陀峠の舊道を越すのを忘れて、汽車沿ひの磯端を歩いてしまつた。そして汽車の隧道のあるあたりでは、浪打際に降りて手を洗つたり貝を探したりして戲れた。
今日は興津泊りの豫定であつたが、先づ其處の園藝試驗場に知人を訪ねてみると伊豆の方へ旅行して留守だといふので、まだ日は高いしいつそ靜岡まで伸して置かうと急ぎ足に宿はづれの清見寺に詣で、早速汽車に乘つてしまつた。日は高くとも、もう脚の自由はきかなくなつてゐたのだ。
靜岡驛を出ると細かい雨が降つてゐた。思ひがけぬ事であつたが、惡い氣持は
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