いのが二本ばかり、二分三分咲きかけてゐるのが見えた。花も莟もいいが、ことに雨に濡れていよ/\柔らかな薄紅色にそよいでゐる若葉が何ともいへず美しかつた。法月君と知合らしい住職は留守であつたが、通された部屋で暫く休んだ。寺とは云つても謂はゞ庵で、造りも小さく、年代も餘程古寂びてゐた。土地の有志たちは目下この由緒ある建物のすたれるのを惜んでとり/″\に修繕費募集中であるさうだ。
 庭も同じく小さなものであるが如何にも靜かに整つた寂びたものであつた。一帶の造りが京都の銀閣寺の庭に似てゐるのでその事を法月君に話すと、この庵を結んだ人は足利義政に愛せられた人で、現に庭先を圍んでゐる篁の竹などもわざ/\嵯峨から持つて來て植ゑたものなのださうだ。かすかに池に音を立てゝ降り頻つていゐる雨を、またその雨の中に折々忍び音に啼いてゐる小鳥を聽いてゐると、もうとても宇津《うつ》の谷《や》峠を越して行く氣分がなくなつてしまつた。
 先のとろゝ汁屋に歸つてその名物を味つた。とろゝ屋と云へばよく聞えるが實際は一膳飯屋が好みに應じて作るとろゝ汁なのである。それにもう季《とき》も過ぎてゐるし、確かに名物に何とやらの折紙で
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