峯とは可笑しな名だと思ひながら問ひかへすとさういふ名のお寺で、もとその寺から例の灰吹を作り始めたとかいふことだといふ。
 びしや/\と三人雨の中を歩き出したが、明るむどころかます/\ひどい降りである。我等はどうせ濡れる覺吾の尻端折だが、足駄ばき長裾の法月君にはいかにも氣の毒であつた。名物の安倍川餅屋が安倍川橋の袂にあつて、大きな老木の柳のみどりがその門におほらかにそよいでゐた。法月君にすすめられたが、先づ/\先きの芋汁を樂しみに餅だけは割愛する事にして橋にかゝつた。隨分長い橋である。横飛沫の傘の蔭から見る川上の方に、これもこの邊の名所の木枯の森といふのが川原の中に見えた。
 歩くこと二里ばかり、丸子の宿は低い藁屋の散在してゐる樣な古驛であつた。宿《しゆく》はづれの小川の橋際に今は唯だ一軒だけで作つてゐるといふとろゝ汁屋にとろゝを註文しておいて其處から右折、四五町して吐月峯に着いた。先づ小さな門を掩うてゐる深々しい篁《たかむら》が眼についた。そしてその篁の蔭には一二本づつの椿と梅とが散り殘つて、それに幾羽とない繍眼兒《めじろ》が啼き群れてゐた。門を入ると、泉水から續いた裏の山に山櫻の大き
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