に枝を張り渡した、丈の餘り高くない木にいちめんに咲いてゐる。花もまた枝と同じくこま/″\と小さく繁く咲いてゐるのである。花の向うには低い杉の生垣、生垣を越しては直ぐ香貫山の麓が見える。全山こと/″\く小松原であるこの山も麓の方には稀に櫟林《くぬぎばやし》や萱の原がある。紅梅を見越しての麓の原はちやうどその櫟の林となつてゐた。まだ落ちやらぬその木の枯葉の背景が、その紅ゐの花をひどく靜かなものに見せてゐる樣であつた。紅梅のめぐりには尚ほ四五本の白梅が半ば散りかけて立ち竝んでゐる。
お晝は目下伊豫の松山から來訪中で、近く此家の主人と結婚さるべき櫻井八重子孃の手料理であつた。障子をあけ放つには少々寒さのきびし過ぎる今日の日和であるだけに、温い酒の味は一層であつた。少し健康を害して暫く東京より歸郷中である主人公にはお構ひなく、私は殆んど手酌で手早く杯を重ねて行つた。
その書齋には犬養木堂翁の額がかゝつてゐた。國民黨宣傳部理事である人の書齋に翁の筆のあるのは當然として、またその筆致のよしあしは別として、私にはその文句が目についた、たゞ大きく『不惑不懼不憂』と書いてある。その靜かな境地を思ひ浮べ
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