りもねエ。』
爺さんは惶てゝ手を振つた。
『ではもう二つこれを下さい。』
と手づから私は桃を取つた。そして、何といふことなく爺さんを其處に呼びとめておく事が氣の毒になつたので、
『どうも難有《ありがた》う、お蔭で元氣が出ましたよ、左樣なら!』
と帽子のない頭を下げながら、急ぎ足に歩み出した。爺さんはなほ暫く立つてゐたが、やがてこれも、あちら向きにしよぼ/\と歩き出した。
私は惶てゝ一つの桃に齒をあてた。大口に噛み缺かれた桃の頭は、實に滴る樣な鮮かな紅ゐの色をしてゐた。全く打ち續けてその汁を啜り取る樣に私は口をつけた。
一つ二つと夢中に噛んで、ひよつと上を見るといつか疎らになつた林の眞上いつぱいに例の妙義の岩山が眞黒い樣に聳え立つてゐるのが見えた。
底本:「若山牧水全集 第七卷」雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日発行
入力:柴 武志
校正:林 幸雄
2001年6月13日公開
2005年11月14日修正
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