に來て坐つてゐる。
『濟《す》まないが、お握りを三つほど拵《こしら》へて呉れないか、海苔に包んで……』
 不思議さうにこちらを見上げた妻は、やがて笑ひながら、
『何處にいらつしやるの。』
 と訊いた。
『山に行つてお晝をたべて來やうと思ふ。ウヰスキーがまだ殘つてゐたね。』
 その長い壜を取り出して見ると、底の方に少し殘つてゐた。それを懷中用の小型の空壜に移して、坐りもせずに待つてゐると眞黒な握り飯が出來て來た。
『おさいが何もありませんが……』
『澤庵をどつさり、大切りにして入れておいて呉れ。』
 それらを新聞紙に包んで抱へながら裏木戸から畑の中へ出た。
 畑つゞきにその山の麓まで私の家から五丁と離れてゐないのだ。畑には大抵百姓たちが出てゐた。麥は穗を孕《はら》み、豌豆には濃い紫の花が咲いてゐる。附近の百姓家からでも來るのか、そんな畑の中にも櫻の花片の散つてゐるのが見られる。古い寺の裏を通りすぎて登りかゝる道はこの海拔六百六十尺の小山に登る四つ五つの道のうち、最も嶮しい道である。然し、それが私の家からは一番近い。
 小山ながら海寄りの平野に孤立して起つた樣な山なので、この頂上からは四方
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