見るからにほの白く褪《あ》せてゐる。その褪せた花のかたまりの中から限りもなげに小さな花びらが散り出して來るのである。
『今年の櫻もけふあたりが終りかナ。』
さう思ひながら私はたうとうペンを原稿紙の上に置いて立ち上つた。そして窓際の椅子に行つて腰掛けた。見れば窓下の庭も、庭つゞきの畑も、いちめんに眞白になつてゐる。たま/\あたりの木等に冷たい音を立てながら風が吹いて來ると、ほんとに眼の前に渦を卷いて花の吹雪が亂れたつのである。
少し身體を前屈みにすると[#「前屈みにすると」は底本では「前届みにすると」]眞白な櫻木立の間に香貫山が見える。その圓みのある山を包んだ小松の木立もこの數日急に春めいて來た、といふより夏めいて來た。山いちめんの小松原の色がありありとその心を語つてゐる。黒みがかつたうへにうす白い緑青を吹いてゐるのである。
何といふことなく私の心は靜かに沈んで行つた。そして頻りに山の青いのが親しくなつた。時計を見るとかれこれ十二時である。あれこれと考へたすゑ、私は椅子を立つた。
茶の間に來て見ると妻は裁縫道具を片づけてゐた。晝飯を待つて兩人《ふたり》の小さな娘はもうちやんと其處
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