樹木とその葉
虻と蟻と蝉と
若山牧水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)靡《なび》いて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)よれ/\
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 光を含んだ綿雲が、軒端に見える空いつぱいに輝いて、庭木といふ庭木は葉先ひとつ動かさず、それぞれに雲の光を宿して濡れた樣に靜まつてゐる。蝉の聲はその中のあらゆる幹から枝から起つてゐる樣に群り湧いて、永い間私の耳を刺して居た。
 數日續いた暴風雨のあとで、今朝屆いた雜誌を一册載せたばかりの机の上には冷たい濕氣が浸みてゐた。讀むともなく開いた表紙の折目の蔭になつた隙間に口に含んだ煙草の煙を吹き込むと雜誌の向側から直ぐ眞白な濃い煙がさアつ[#「さアつ」に傍点]と机のおもて一面に擴がつて出た。そして机のしめりに浸み込む樣にベツトリ[#「ベツトリ」に傍点]と木地にくつ着いたまゝ這ひ擴がつてゆくのみで少しも上へは昇らない。もう一度私は同じ樣に折目の下から煙を吹いた。前の煙のあとを追うて浸み擴がつたそれは、やがてよれ/\[#「よれ/\」に傍点]に小さな渦卷を作りながら僅かに上に昇らうとする。二つ、三つと小さな渦は出來たが、矢張り上には立たなかつた。一二寸の高さに昇つたかと思ふと、くづるゝ樣に下に靡《なび》いて擴がつた。渦卷は山の形に、下に這ふ煙は信濃あたりの高い山から山の間に見る雲の海の形にも似て眺められて、私は幼い靜かな興味を覺えながら幾度となくその戲れを繰返した。
 不圖《ふと》落付かぬ何やらの音が聞えた。紙とガラスの二重になつてゐる窓の障子の間にまひ込んだ何やらの羽蟲が立つる音である。疲れ果てたそして極めて靜かなその場の氣持を壞さない樣に、私はわざわざ座を立つてその蟲を逃がさうとした。見ると、それは大きな虻《あぶ》であつた。一度も二度も今朝がたから私を螫《さ》して逃げて行つたそれである。
 波立つ胸で私はその少し前に用意して來てゐた蠅叩きを取つた。そして一打ちにその大きな虻を打ち落した。あり/\と強過ぎる力で打たれた蟲は、片羽をもがれ、腸を出して死んでしまつた。
 そのきたない死骸を
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