かぬ所を漕いで鹿島の宮へ渡り、更に浪逆《なさか》の浦を潮來へ横切る時には小雨が降つてゐた。『潮來出島の眞菰のなかで』といふ眞菰や蒲の青々した蔭にはあやめはやゝ時過ぎてゐたが、薊《あざみ》の花の濃紫が雨に濡れて咲き亂れてゐた。舟はあやめ踊を以て聞えて居る潮來の廓《くるわ》の或る引手茶屋の庭さきの石垣下に止つた。そして船頭の呼ぶ聲につれて茶屋の小女は傘を持つていそ/\舟まで迎ひに來たのであつた。
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明日漕ぐと樂しみて見る沼の面の闇のふかみに行々子《よしきり》の啼く
わが宿の灯かげさしたる沼尻の葭《よし》のしげみに風さわぐなり
苫蔭にひそみつつ見る雨の日の浪逆《なさか》の浦はかきけぶらへり
雨けぶる浦をはるけみひとつ行くこれの小舟に寄る浪聞ゆ
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 さきに私は若葉の頃になれば旅をおもふといふことを書いた。さういふ言葉の裏にはその季節に啼く鳥の聲、山ふかく棲むいろいろな鳥の啼聲をおもふ心がかなり多分に含まれてゐるのを自分では感じてゐる。
 先づ郭公である。次いで杜鵑である。筒鳥である。呼子鳥である。その他山鳩の啼く音、駒鳥の啼く音、それからそれと思
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