其處から湖までたしか二里か二里半の登りであつたと思ふ。その間、多くは松や落葉松の植林地を行くのであるが、その林の中に郭公がよく啼いた。松林を通り越すと、一里四方もありさうな廣い草原が見出された。其處の山窪の上の空には夏雲雀が無數に啼いてゐた。その草原を通り過ぎると湖の輝きが岸の木立がくれに見えて來るのだ。
 湖岸に在る宿屋も氣持のいゝものであつた。宿の前の湖でとれた魚や蜆《しじみ》をいろいろに料理してたべさせてくれたのも嬉しかつた。私の行つた日の夕方からはら/\と雨が落ちて來て、翌朝はまたこの上ない晴であつた。
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みづうみのかなたの原に啼きすます郭公の聲ゆふぐれ聞ゆ
湖《うみ》ぎはにゆふべ靄《もや》たち靄のかげに魚の飛びつつ郭公きこゆ
吹きあぐる溪間の風の底に居りて啼く郭公の煙らひきこゆ
となりあふ二つの溪に啼きかはしうらさびしかも郭公聞ゆ
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 それは山上の湖、これは例の『あやめ咲くとはしほらしや』の唄で潮來《いたこ》あたりの水の上を船で※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つたも同じく初夏の頃であつた。香取の宮から河とも湖ともつ
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