栗川の溪流、共に秩父の山から出て、前のはやゝ大きく、後者は極めて小さい流であるが、小さいなりにいかにも清らかなすが/\しい溪である。名栗川の上流には名栗鑛泉がある。杉木立の青々した中に、ちよろ/\と流れる水を控へて二軒の湯宿があつた。
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朝ばれのいつかくもりて眞白雲峰に垂りつつ蛙鳴くなり
下ばらひ清らになせし杉山の深きをゆけばうぐひすの啼く
つぎつぎに繼ぎて落ちたぎち杉山のながき峽間《はざま》を落つる溪見ゆ
しらじらとながれてとほき杉山の峽《かひ》の淺瀬に河鹿なくなり
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 湖もいゝ。山の奧の靜かな湖、新樹がひそかに影をひたして、羽蟲の群がひくゝ水の上にまひ、小魚がをり/\跳ね、郭公が岸の木立の中で啼く。さうした景情を私は榛名山《はるなさん》の上の湖で心ゆくまで味つた事がある。
 その湖には伊香保温泉を經て登つてゆくのだ。伊香保の若葉のよさは多くの人が知つて居ることゝおもふ。温泉町附近の木立の深いのもよく、其處から見渡した前面の廣々しい雜木原の新緑は全く心を躍らせた。人はよく伊香保の紅葉といふが、紅葉は何と云つても感じが乾いてゐる。枯れてゐる
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