つた。それこれで暫くその愛鷹登りが滯つてゐたが、次第に秋が更けて、相重なつた二つの山の輪郭がいよいよ鮮かになり、ことにその前の山の中腹以上にある森の紅葉がはつきりと我等の里から見える樣になると、もうとても我慢が出來なくなり、細君たちの安心を請ふために私は自宅の書生を伴れて、或る晴れた日にその頂上をさして家を出た。
 最初私の眼分量できめた豫定は宅を朝の六七時に出て十一時には頂上に着く、そして一二時間を其處で休んで歸りかける、歸りみちにはあたりの松山で初茸でも取つて來やうといふ樣なことであつた。ところが登りかけて見て少なからず驚いた。行けども/\同じ樣な傾斜の裾野路が續いて、頂上に着く筈の十一時にはまだ山らしい坂にもかゝる事が出來ずにゐた。
 愛鷹山は謂はゞ富士の裾野の一部にによつきり[#「によつきり」に傍点]と隆起した瘤《こぶ》の樣なもので、山の六七合目から上は急峻な山嶽の形をなしてゐるが、それより下は一帶の富士の裾野と同じく極めてなだらかな、そして極めて細かな襞《ひだ》の多い、輕い傾斜の野原となつてゐるのである。で、こちらから望んだ丈《だけ》では地圖の示す通りの海拔四千四五百尺の普通
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