とおもふ距離をおいて仰がるゝのはこの天城山からであつた。
 天城も下田街道からでは恰好《かつかう》な場所がない。舊噴火口のあとだといふ八丁池に登る途中からは隨所に素晴しい富士を見る事が出來た。高山に登らざれば高山の高きを知らずといふ風の言葉を幼い時に聞いた記憶があるが、全く不意にその言葉を思ひ出したほど、登るに從つていよ/\高くいよ/\美しい富士をうしろに振返り/\その八丁池のある頂上へ登つて行つたのであつた。
 天城もまた御料林である。愛鷹と比べて更に幾倍かの廣さと深さとを持つた森林が山脈の峯から峯へかけて茂つてゐる。その半ばからは杉の林であるが、上は同じく落葉樹林である。私の登つたのは梢にまだ若葉の芽を吹かぬ春のなかばであつたが、鑛物化した樣なその古木の林を透かして遙かに富士をかへりみる氣持は實に崇嚴なものであつた。
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高山に登り仰ぎ見たか山の高き知るとふ言《こと》のよろしさ
天地《あめつち》の霞みをどめる春の日に聳えかがやくひとつ富士が嶺
わが登る天城の山のうしろなる富士の高きは仰ぎ見飽かぬ
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 山から見た富士ばかりを書いた。最後にひ
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