むなくば唯だ靜かにあたりを見てゐるうちにいつ知らず痩せてゐてほしい。

 夏の眞晝の靜けさは冬の眞夜中の靜けさと似てゐる。おなじく身動きひとつ出來ない樣な靜けさを感ずることがあるが、しかも冬と違つて不氣味《ぶきみ》な靜けさではない、ものなつかしい靜けさである。明るい靜けさである。
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北南あけはなたれしわが離室《はなれ》にひとり籠れば木草《きぐさ》見ゆなり
青みゆく庭の木草にまなこ置きてひたに靜かにこもれよと思ふ
めぐらせる大生垣の槇の葉の伸び清らけし籠りゐて見れば
こもりゐの家の庭べに咲く花はおほかた紅《あか》し梅雨あがるころを
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 しいんとした日の光を眼に耳に感じながら靜かに居るといふことは、從つて無爲《むゐ》を愛することになる。一心に働けば暑さを知らぬといふが、完全に無爲の境に入つて居れば、また暑さを忘るゝかも知れぬ。ところが、凡人なかなかさう行かない。
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怠《なま》けゐてくるしき時は門に立ちあふぎわびしむ富士の高嶺を
なまけつつこころ苦しきわが肌の汗吹きからす夏の日の風
門口を出で入る人の足音にこころ冷えつつなま
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