け》によきものと三畝《みうね》がほどは芋も植ゑたり
もろこしの長き垂葉にいづくより來しとしもなき蛙宿れり
紫蘇《しそ》蓼《たで》のたぐひは黒き猫の子のひたひがほどの地《つち》に植ゑたり
青紫蘇のいまださかりをいつしかに冷やし豆腐にわが飽きにけり
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みじか夜のあはれさも私の好きな一つである。春の夜、秋の夜、冬の夜、どこかすべてあくどいが、夏にはそれがない。香のけむりの立ち昇るにも似たはかなさがある。
ことに私はその明けがたを愛する。眼が覺むれば枕もとの窓がほのかに明るい。時計を見れば四時まだ前、或は少し過ぎてゐる。立つて窓を開くと、かろやかに風が流れて、蚊がひそかに明るみへまつてゆく。
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夜ふかくもの書き居れば庭さきに鳴く夏蟲の聲のしたしさ
みじか夜のいつしか更けて此處ひとつあけたる窓に風の寄るなり
夜爲事《よしごと》のあとの机に置きて酌ぐウヰスキイのコプに蚊を入るなかれ
このペンをはや置きぬべし蜩の鳴き出でていま曉といふに
降《お》りたてば庭の小草のつゆけきにかへる子のとぶ夏のしののめ
みじか夜の明けやらぬ闇にかがまりてものの苗植うる人の影見ゆ
あかつきをいまだ點れる電燈の灯影はうつる庭のダリヤに
朝靜《あさしづ》のつゆけき道に蟇《ひき》出でてあそびてぞをる日の出でぬとに
旗雲のながれたなびきあさぞらの藍のふかきに燕啼くなり
まひおりて雀あめゆる朝じめり道のかたへのつゆ草のはな
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一首|蜩《ひぐらし》の歌を引いたが、ありとも見えぬこの小さな蟲の鳴き澄む聲はまつたく夏のあはれさ清らかさをかき含んだものである。ゆふぐれよりも朝がいゝ。地はしめり、草は垂れ、木々の葉ずゑに露の宿つた曉に聞くがもつともいゝ。
蜩が夏のあはれであるならば、その寂しさをうたふものは何であらう。あそこにも、此處にもその寂しさをひきしめてうたつてゐるものがゐる。曰く郭公である。筒鳥である。呼子鳥である。佛法僧である。郭公は朝に、筒鳥は晝に、呼子鳥はゆふぐれに、佛法僧は夜に。
みな夏に限つて啼く鳥である。山も動け、川も動け、山も眠れ、川も眠れと啼き澄ます是らの鳥のはげしい寂しい啼聲を聽く時は、自づとこの天地のたましひがかすかに其處に動いてゐる神神しさを感ずるのである。
鶯も浮き、雲雀も浮き、鈴蟲も松蟲もみな浮いてゐるが
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