、ひとりこれらの鳥の聲だけは天地の深みに限りも知らず沈んでゐる。
土用なかばに秋風ぞ吹く、といふ言葉がある。恐らく誰いふとなく言ひすてたものであらうが、この言葉は私には何ともいへぬ寂寥味を帶びて響いて來る。
土用芽といつて、春一度芽の萌えた樹木に、再び芽の萌え出すことがある。夏も更けて、その葉も[#「その葉も」は底本では「その 葉も」]殆んどもう黒みを含んで來たころに、うす鈍い黄色をふいて萌え出るこの土用芽はまことに見る目寂しいものである。温度などから言へばまさに暑いまさかりで、多くの人はたゞもう汗にまみれて瞼を厚くしてゐるころである。
そのころに何處とはなしに忍びやかにつめたい風が吹いてゐるのである。眼に見えぬ秋のおとづれである。風の音にぞ驚かれぬる、の誇張より、土用なかばに秋風ぞ吹くの正直な俚言がそのころどれだけ私には身にひゞいて聞えて來るであらう。
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秋づきしもののけはひにひとのいふ土用なかばの風は吹くなり
うす青みさしわたりたる土用明けの日ざしは深し窓下の草に
園の花つぎつぎに秋に咲き移るこのごろの日の靜けかりけり
畑なかの小路を行くとゆくりなく見つつかなしき天の河かも
うるほふとおもへる衣《きぬ》の裾かけてほこりはあがる月夜の路に
野末なる三島の町のあげ花火月夜のそらに散りて消ゆなり
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底本:「若山牧水全集 第七卷」雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日発行
入力:柴武志
校正:浅原庸子
2001年5月3日公開
2005年11月9日修正
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