活に入つてゆける樣な氣がしてならないが、お前はどうだ。』
早急な引越騒ぎに勞れ果てたらしい顏をしてゐる妻を顧みて私が言ふと、
『ほんとですね、どうかさうしたいものですね。』
と、微かにさびしく笑ひながら答へた。其處へ例の差配をしてゐる百姓がやつて來た。一わたりの挨拶《あいさつ》を濟まして歸つて行つたあと、妻は聲をひそめて、
『何だかいやな顏した爺さんではありませんか。』
とさゝやいた。
三日五日とかゝつて荷物の片付が終ると、夫婦ともにその前後の疲勞から半病人の樣になつてしまつた。そして多くの日を寢たり起きたりで過してしまつた。喜んだのは子供たちで、急に廣くなつた家の内、庭のあちこちを三人して夢中になつて飛んで※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた。
さうかうしてゐるうちに、秋が來た。邸の前は水田、背後は畑であつたが、田のもの畑のもの、みなとりどりに秋の姿に移つて來た。私たちの疲勞も幾らかづつ薄らいで、漸く瞳を定めて物を見得る樣なおちつきが心の中に出來て來た。第一に氣付いたのは來客の無くなつた事であつた。東京にゐては一日少なくも一人か二人、多い日には十人からの來訪者を送
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