う居たゝまらなくなつて私の行つた一月ほど前に何處かへ逐電《ちくでん》してしまつたところであつた。そしてその留守宅にはその男の年老いた兩親が殘つてゐた。父親は白い髯《ひげ》など垂らした、品のいい老爺であつた。私が前に言つた青年やその父の老醫師や、東京の或る實業家の持家であるその家を預つて差配をしてゐる年寄の百姓たちと邸の中に入つて行つた時、老爺は庭で草とりをしてゐた。各部屋を見て※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、此處が湯殿ですと離室に續いた一室の戸を引きあけると、其處で髮を洗つてゐたのが母親であつた。私は見まじきものを見た樣な、厭はしい痛はしい氣がした。その時、私達を案内してゐた差配の百姓、この男ももう相當の爺さんで、小柄の、見るからに險しい顏をした男であつたが、庭でせつせと草を拔いてゐる老爺を呼びかけて、故《ことさ》らに大きな聲で、斯うしてお客樣を案内して來たから、氣の毒だけれど早速この家をあけて貰ひたい、もう斯うなると今度こそは待つてあげるわけにゆかぬから、と宣告した。髯の白い老爺は立ち上つてずつと我等を見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しながら、丁寧にお辭儀
前へ 次へ
全14ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング