一軒の借家を見付けて貰ふ樣に頼んだ。程なく返事が來て、心當りの家があるから一度見に來る樣にとの事であつた。今から五年前の八月十日頃であつたと記憶する。早速出かけて來て見ると、分《ぶん》に過ぎた大きな邸《やしき》であつた。荒れ古びてこそをれ、櫻の木に圍まれて七百坪からの廣さがあつた。もう少し小さい家はないかと訊き合せたが、隨分と探したけれど、町内ならとにかく郊外に當つてゐるこの界隈《かいわい》には今のところ此處だけだといふ。それに家賃も格安だつたし、一先づ此處にきめておかうと、その青年父子に――青年のお父さんといふは年老いた醫師であつた――厚く禮を述べ、一晩ゆつくりして行つたらいゝだらうと勸めらるゝのをも斷つて、その日の汽車で私は東京へ歸つた。そしてその旨妻に報告すると共に、翌日から荷造りにかゝつた。
 家の下見に行つた時、その家は本當の空家ではなかつた。まだ人が住んでゐた。何でも或る粘土からアルミニユームを採る方法を發明したと稱へて一つの會社を起さうとしてゐる男であつた。型のごとき山師で、其處に六七箇月住んでゐる間に町の酒屋呉服屋料理屋等にすべて數百圓からの借金を拵《こしら》へ、たうと
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