さよ
少女よその蜜柑を摘むことなかれかなしき葉の蔭の
精力を浪費する勿れはぐくめよと涙して思ふ夜の浪に濡れし窓邊に
悲しき月出づるなりけり限りなく闇なれとねがふ海のうへの夜に
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と云ふ風の歌を作つてゐるのであつた。
ツイ、僅かばかり前に一生懸命して自分で作つておきながら、いま改めて見直すとなつて殆んど正體なく驚いたのである。どうしてあんなに驚いたのか今考へればわれながら可笑しいが、とにかくに驚いた。ほんの數日ではあつたが、郷里を離れてさうした島の特別にも靜かな場所に身を置いたゝめ、前と後とで急に深い距離が心の中に出來てゐたのかも知れぬ。
驚愕はいつか恐怖に變つた。何だか恐しくて、とても平氣でそんな歌を清書してゆく勇氣がなくなつてしまつた。と云つて、心の底にはさうして作つてゐた當時の或る自信が矢張り何處にか根を張つてゐた。そしてその自信は書かせようとする、故のない恐怖は書かせまいとする、その縺《もつ》れが甚しく私の心を弱らせた。二日三日とノートと睨《にら》み合ひをしてゐるうちに終《つひ》に私は食事の量が減り始めた。氣をまぎらすためにM――君から借りて讀んだ萬
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