業して五六年もたつてゐるに係らず、まだ職業らしい職業を持つてゐなかつた。『金にもならぬ和歌ばかり作つてゐて一體お前はこの若山家をどうする氣か』と云つて、先頃まで歸つてゐた郷里の家で、病父の枕許で、年とつた母や親戚たちから私は責められた。苦しい中から學資を貢がせられ、漸く卒業したと思ふに五年たつても六年たつても金の一圓送つて貰へない彼等の身になつて見るとその苦情も當然であつた。たゞ父だけはその性分からか、さまでに氣にかけず『もう少し待つて見ろ、そのうちに何かするだらう』と寧ろ彼等を慰めてゐた。その父が死んで見るといよ/\私の立場は苦しくなつた。是から東京に出て新聞社などに勤めた所で幾らの送金が出來るわけでもなし、いつそこのまゝ母の側にゐて小學校なり村役場なりに出て暮らさうかとまで考へて、その口を探したがなまじひに何々卒業の肩書のあるのが邪魔になつて都合よく行かなかつた。いよいよ弱つたはてにまた母や姉から若干の旅費を貰つて、ともかく東京へ出て見ようといふ途中に、この瀬戸内海の中の小さな島に立ち寄つたのであつた。
凭り馴れた肱掛窓に凭つてかけ出しの樣になつてゐる窓下を見るともなく見てゐると
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