氣持もひどく疲れてゐた時なので、言葉に甘えて私は暫く其處に滯在する事にした。M――君はその本宅と道路を中にさし向つた別莊の雨戸をあけて、
『こちらが靜かですから……』
自由に起臥する樣にと深切に氣をつけて呉れた。
M――家は島の豪家らしく、別莊などなか/\立派なものであつた。私の居間ときめられた離宅《はなれ》は海の中に突き出た樣な位置に建てられ、三方が海に面してゐた。肱掛窓に凭《よ》つて眺めると、ツイその正面に一つの島が見えた。その島はかなり嶮しい勾配を持つた一つの山から出來てゐて、海濱にも人家らしいものはなかつた。山には黒々と青葉が茂つてゐた。その島の蔭から延いて更に二つ三つと遠い島が眺められた。遠くなるだけ夏霞が濃くかゝつてゐた。手近の尖つた島と自分の島との間の瀬戸をば日に一度か二度、眼に立つ速さで潮流が西に行きまた東に流れた。汐に乘る船逆らふ船の姿など、私には珍しかつた。
一方縁側からは自分の島の岬になつた樣な一角が仰がれた。麓からかけて隨分の高みまで段々畑が作られて、どの畑にも麥が黄いろく熟れ、滯在してゐるうちにいつかあらはに刈られて行つた。
その頃私は或る私立大學を卒
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