すか。』
 と他の一人が訊き返した。同じ船から上げられた郵便局行の行嚢を取りあげやうとしてゐる配達夫らしい中年の男であつた。
『さうです。』
 と答へると、彼は默つて片手に行嚢を提げ、やがて片手に私の柳行李を持ち上げて先に立つた。惶てながら私はそのあとに從つた。
 二三町も急ぎ足にその男について行くと彼は岩城島郵便局と看板のかゝつてゐるとある一軒の家に寄つて私を顧みながら、
『此處です。』
 と言つた。
 其處のまだ年若い局長であるM――君は夙《と》うから我等の結社に加入して歌を作つた。その頃一年あまり私は父の病氣のために東京から郷里|日向《ひうが》の方に歸つてゐた。そのうち父がなくなり、六月の末であつたか、私は何だか寂しい鬱陶しい氣持を抱きながら上京の途についたのであつた。そしてその途中、豫ねてその樣に手紙など貰つてゐたので、九州から四國に渡り、其處から汽船に乘つてこのM――君の住む島に渡つて行つたのである。手紙の往復は重ねてゐたが、まだ逢つた事もなく、どんな職業の人であるかも知らなかつた。
 M――君はたいへん喜んで、急がないならどうぞゆつくり遊んでゆく樣に、と勸めて呉れた。身體も
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