歸るとは何だ。歸れ、歸れ、直ぐ歸れ、この馬鹿野郎……』
 彼はなほ立つたまゝ私を睨み据ゑて、息を切らしてゐる。たうとう私は平あやまりにあやまつて改めてこの次の船まで、その島に滯在することにきめてしまつた。
 燈臺は島で一番の高い所に立つてゐた。燈臺の高さ十六丈、その根から直ぐ斷崖になつて二十丈ほどの下には浪が寄せてゐた。で、燈臺の最高部、燈火の點る燈室から眞下を見下す事は私の樣な神經質の者には到底出來なかつた。たゞ其處からの遠望はよかつた。伊豆半島が案外の近さに眺められた。半島の中心をなす天城山《あまぎさん》が濃く黒く、どつしりとして眼前に据つてゐた。半島から島までは例の白渦の流れてゐる狹い海、それを除いた三方にはすべて果しもない大きな荒海があつた。晴れた日には黒潮の流が見えた。見えたといふより感ぜられた。動くともなく押し移つてゐる大きな潮流が、その方面を眺めてゐるうちにしみ/″\として身に感ぜられて來た。伊豆七島のうち二三の島がその潮流のうへにくつきりと浮んで見えた。丁度西風の吹き始めた季節で、黒ずんで見ゆるその濃藍色の大きな瀬の上にあまねくこまかな小波の立ち渡つてゐるのが美しくも寂
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