色が其處に見られた。そして、この深い藍の色は一層私の心を、沈んだ、浮き立たぬものにした樣に感ぜられた。その色の前にあるダリヤの花はすべてみな褪《あ》せさらばうたものにさへ眺められた。
直ぐ始まつた酒は一時間二時間と續いて行つた。が、最初にそれ始めた私の心の調子はどうしても平常の賑かな晴々しい所に歸つて行かなかつた。友人とても亦たさうであつた。そしてどうかしてその變調子を取り除かうと努めてゐるのがよく解つた。
其處へ、積荷を上げ、晝食をとり、一休みした船頭たちの一人が顏を出して友人に言つた。
『ではもう船を出しますが、別にお忘れの御用はございませんか。』
それを聞くと私は咄嗟に決心した。
『K――君、では僕もこの船で歸らう、ただ顏を合せればそれで氣が濟むと思ふから……』
さう言ひながら、居ずまひを直さうとした。不意に彼は立ち上つた。これは、と思ふ間もなく彼の烈しい拳が私の頭に來た。惶てゝ身をかはす間に二つ三つと飛んで來た。呆氣《あつけ》にとられた船頭は漸く飛びかゝつて彼を背後から抑へた。隣室からは臺長夫妻が飛んで來た。
『何だと、……歸る、ひとを散々待たしておいて、來たかと思ふと
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