さうだ。船の島に着いたのは午前十時頃であつた。そして、つれられてその岩窟内の彼の居間に通つて、二年振ほどで彼と對座したのであつた。彼の妻とは初對面であつた。まだ年も若く、何も知らない田舍の娘と云つた風の人であつた。
氣のせゐかいかにも從來の彼としてはおちつきが出來てゐた。おちついたといふより、急に老《ふ》けて見えた。それにさうした變つた場所のせゐか、私自身が浪や船に勞れてゐた爲か、それとも初對面の細君が側にゐる故か、久し振に逢つたにしては今までの樣に間が調子よく行かなかつた。彼もそれを感じてゐたらしく、大きな聲で先づ酒を出す樣にとその妻に言ひつけた。
年若い妻は案の如く大輪のダリヤの花を見て驚喜した。そして珍客の接待よりも先づその花をあり合はせの器に活けて、その部屋にたゞ一つしかないガラス窓の所に持つて行つて据ゑた。窓のツイ向うには刳《ゑぐ》り取つた岩の斷層面がうす赤く見えてゐた。そしてその岩の上僅か一尺ばかりの廣さに空が見えた。何といふ深い色であつたことだらう。今でもそれを思ひ出すごとに私にはその空の色が眼に見えて來る。照り澄んだ秋の眞晝であつたとは云へ、まことに不思議な位ゐの藍
前へ
次へ
全34ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング