る炭鑛の鑛夫になつた。それも僅の間で、親類たちに多少の金をねだつて米國へ渡り、昨今はあちらで鑵詰工場の職工をしてゐる相だ、といふ樣なことを。が、それも學校にゐる間の事で、學校を出ると同時に彼の同郷人の級友ともすつかり別れてしまつたので、其後の噂を聞くたよりもなかつた。
 學校を出て一年あまりもたつた頃、私は或る新聞の記者となつてゐた。其處へ突然見すぼらしい風をして訪ねて來たのが彼であつた。いきなり私の前へ五六圓の金を投げ出して言つた。
『僕は今度、亞米利加から船中で團扇《うちは》で客を煽《あふ》ぐ商賣をやつて來た。これはその金の殘りだ。これで一杯飮まうよ。』
 それから幾日か私の下宿にころがつてゐたが、多少繪の心得のある所から自分からたづね歩いて或るペンキ屋に入り込み、キヤタツ[#「キヤタツ」に傍点]を擔いで看板繪をかいて歩いてゐた。それもほんの數日で、或る日またふらりとやつて來た。
『いまペンキ屋の親爺《おやぢ》を毆つて飛出して來たよ。』
 程經て市内電車の運轉手になつた。これは割合に永く續いたが、何かの事で首になつた。其後、彼に似氣なく入學試驗といふものを受けて入學したのが横濱に在
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