つたが私の行つた時には一人缺員のまゝであつた。臺長といふのはもういゝ年輩で、夫婦にちひさい子供が二人ゐた。私の友人はその少し前に郷里で細君を貰つて其處へ連れて行つてゐた。そしてそのほかに廿六七歳の獨身の人が一人ゐた。
その友人を知つたのはそれよりも六七年前、私が早稻田大學の豫科生の時であつた。當時私は讀み耽つてゐた『透谷全集』を教室にまで持ち込んで、授業中にも机の下に忍ばせて讀んでゐた。或る時偶然同じ机に隣り合つて坐つたのがその友人で、彼も亦同書の愛讀者であつた。それが緒で折々往來する樣になつたが、別に親しいといふ程ではなかつた。そのうち半年もたつと急に彼の姿が教室から見えなくなつた。一年たち二年たちする間に、同級生であつた彼の同郷人から聞くとなく彼の噂をとび/\に聞いてゐた。彼は佐賀縣の或る金滿家の息子で、急に學校が厭になると郷里に歸つて、以後一切關係を斷つ約束のもとに家から數萬圓の金を分けて貰ひ、肥前の平戸沖あたりの小さな島を全部買ひ切つて一人して其處へ移り牛や鷄を放し飼にして樂しんでゐた。それもほんの暫くでいやになり、二束三文で全てを賣り拂つた金で大盡遊びを續け、金が盡きると或
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