げしい蝉時雨が起つてゐた。
『さうして生みおとされたお子さまなどは、どういふことになつたのでせう。』
『さア、どうなられましたか……、まだほかに上皇の姫君も父君のおあとを慕つて參られましたが、どうしたわけか御一緒におゐでずに、此處とは別な谷間に上臈と同じく庵を結んで居られたと申します。』
 程なくその島の背に當つてゐる峠を越した。そして少し下つた處に崇徳《すとく》上皇を祭つたお宮があつた。あたりは廣い松林で、疎ならず密ならず、見るからに明るい氣持がした。お宮もまた小さくはあつたががつしりした造りで、庭も社殿も清らかな松の落葉で掩はれてゐた。ことにいゝのは其處の遠望であつた。眼下の小さな入江、入江の澄んだ潮の色、みないかにも綺麗で、やゝ離れた沖の島の數々、更に遠く眺めらるゝ四國路の高い山脈、すべてが明るく美しく、それこそ繪の樣な景色であつた。
 其處から二三丁下つたところに所謂《いはゆる》行宮《あんぐう》の跡があつた。其處も前の上臈《じやうらふ》の庵のあとゝ同じく小さな谷間、と云つても水もなにもない極めて小さな山襞《やまひだ》の一つに當つてゐた。松がまばらに立ち並び、雜木が混つてゐた。平
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