、たいへんではありませんか。』
『いゝえなに、島中くるりと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つても半日とはかゝりませんからな、ハヽヽ。』
 私も笑つた。その小さな島にさうした歴史の殘つてゐることがまた面白く感ぜられた。多分、船着場や潮流のよしあしなどの關係から出てゐることであらうとも思つた。
 邸の前から漁師の家の間を五六十間も歩くと直ぐ山にかゝつた。とろ/\登りの坂ではあつたが早くも汗が浸み出た。晴れてはゐても、空には雲が多かつた。
『あそこに見えますのが……』
 杖をとつて先に立つてゐた老人は立ち止つた。まばらに小松が生え、下草には低い雜木が青葉をつけ、そしてところどころそれらが禿げて地肌の赤いのを露《あら》はしてゐる樣な山腹を登つてゐた時であつた。老人にさし示されたところは我等より右手寄りの谷間に當つて其處ばかり年老いた松が十本あまり立ち籠つてゐた。
『上皇のお側に仕へてゐた上臈《じやうらふ》がおあとを慕うて島へ渡つて參り、程なく身重になつた。で、身二つになるまであそこの谷間に庵を結んで籠つてゐたと云ひ傳へられてゐる處です。』
 むんむと蒸す日光の照りつけたその松林にはは
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