いふのへ。
 夏の初、やゝもう時季は過ぎてゐたがそれでもまだ附近の内海では盛んに名物の鯛がとれてゐた。その鯛網見物にと、岡山の友人I――君から誘はれて二人して出懸けたのであつた。直島附近は最もよく鯛漁のあるところと云はれてゐるのださうだ。
 附近に並んでゐる幾つかの島と同じく、直島も小さな島であつた。名を忘れたが、島の主都に當る某村に郷社があり、其處の神官M――氏をI――君は知つてゐた。そして網の周旋を頼むためにこんもりと樹木の茂つた神社の下の古びた邸にM――氏を訪ねて行つた。
 M――氏は矮躯《わいく》赭顏《しやがん》、髮の半白な、元氣のいゝ老人であつた。そして私は同氏によつてその島が崇徳上皇配流の舊蹟で、附近の島のうちでも最も古くから開けてゐた事、現にM――家自身既に十何代とか此處に神官を續けて來てゐる事等を聞いた。内海の中に所狹く押し並んでゐる島々のうちにも、舊い島新しい島の區別のあることが私には興深く感ぜられた。
『では、參りませう。網は琴彈《ことひき》の濱といふ所で曳くのですが、途中を少し※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて上皇の故蹟を見ながら參りませう。』
『でも
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