である。がそれも一二度のことで、二度三度と重なると飽いて來る。鑵詰にもいゝ物はなく、海の物は絶無と云つていゝ。
 たゞ難有《ありがた》いのは山の芋と漬物とであつた。私は何處でも先づこの二つを所望した。とろろ汁は出來のよしあしを問はず生來の好物だし、斯うした山國の常として漬物だけには非常な注意が拂つて漬けられてゐるので確かにうまい。味噌漬もいゝが、ことに梅漬がよかつた。この國では(多分この國だけではないかと思ふ)梅を所謂梅干といふ例の皺のよつた鹽鹸《しほから》いものにせず、木にある生《なま》の實のまゝの丸みと張りと固さとを持つた漬け方をするのである。そして同じく紫蘇で美しく色づけられてゐる。これが何處に行つても必ず毎朝のお茶に添へて炬燵《こたつ》の上に置かるゝ。中の核《たね》を拔いて刻んで出す家もあり、粒のまゝの家もある。これをかり/\と噛んで澁茶を啜《すす》るのはまことに私の毎朝の樂しみであつた。殆んど毎朝その容器をば空にした。また、時として酒のさかなにもねだつた。
 田舍の漬物のことで一つ笑ひ話がある。ずつと以前、奧州の津輕に一月ほど行つてゐた事があつた。このあたりの食物の粗末さはま
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